台北101

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台湾台北市信義区にある超高層ビル。
高さ509.2mで、地上101階、地下5階からなり、名前はこれに由来する。

建設段階の名称は「台北国際金融センター(臺北國際金融大樓)」。
7年間の工期を経て、2004年に世界一の超高層建築物として竣工した(今はアラブ首長国連邦の超高層ビル「ブルジュ・ドバイ」が世界一)。
設計は李祖原建築事務所、施工は熊谷組を中心としたJVにより行われた。総工費は約600億元。

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文化的

台湾住民の大部分の文化的基盤は漢文化である。しかしその内容は豊富であり、ホーロー系住民は福建南部系のホーロー文化に、客家系は客家文化に、外省人は出身省それぞれの文化に属し、近年は通婚などにより相互影響や融合が深まっている。なお原住民族はマレー・インドネシア文化に属しているが、これも漢人文化の影響を受けている。

台湾におけるいずれの文化においても顕著な現象として伝統要素が色濃く残っている点が挙げられる。社会主義化に伴う文化表現の規制、弾圧により中国本土では廃れていった漢人の伝統民俗が今日まで数多く残存している他、ヤミ(タオ)族を始めとする各原住民でも民族独自の文化が保持・継承され続けている。

漢民族では、各出自の共通概念として家族が社会組織の重要な社会単位となっており、祖先崇拝などの伝統家庭行事が現在でも重要な役割を担っている。また二十四節気を基とした旧正月や、清明節(ただし客家人の一部などは祝わない)、中秋節などの季節行事も毎年盛大におこなわれている。この他にも出身地ごとの伝統文化が存在しており、例をあげれば福建系の伝統文化としては布袋劇(人形劇)や歌仔戯(台湾オペラ、コアヒ)などがある。また、外省系移民が台湾に与えた文化としては、中華民国政府のイデオロギー的影響や中国各地の料理などが挙げられる。

中国以外の外来文化としては日本とアメリカの影響が大きい。日本に関しては過去に日本による統治を受けていたため温泉、演歌、日本酒、おでん、武士道などの伝統的な日本文化が残留する以外に、戦後の日台関係の中で新たに流入したカラオケ、Jポップ、漫画、アニメ、テレビゲーム、ファッションも台湾で根付いており、1990年代後半には日本文化に傾倒する台湾青年層を哈日族と特に称すようになった。また古くから日本からのテレビ番組を多数放送しているため、日本人の芸能人の認知度が高い。

現在は台湾固有の文化、外来文化を総称して台湾文化と捉える傾向が強くなってきている

電車乗ってみよ♪(*・∀・)=○))゚Д゚)

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阿里山森林鉄路(ありさんしんりんてつろ、中国語繁体字:阿里山森林鐵路)は、台湾に現存する森林鉄道である。阿里山や玉山観光の足としても利用されている。2008年12月31日現在、 台風の影響により嘉義~奮起湖間が不通になっており、奮起湖~阿里山間の1時間強程度の区間で折り返し運転を1日1~2往復行っている。
本線は嘉義-沼平間72.7kmの区間で、2250m以上の高さを登るため、急峻な区間が続き、ループ線やスイッチバックを組み合わせている。また、渓谷を見下ろす雄大な景色も魅力で、沿線の植物は平地から海抜800m以下の部分が熱帯林、800mから1600mまでが亜熱帯林、1600m以上が温帯林となっており、垂直分布の違いによる車窓の変化も楽しむことができる。

玉山!!

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玉山(ぎょくさん、ユイシャン、ピンイン: Yùi Shān、ウェード式: Yü Shan)、旧称新高山(にいたかやま)・ジェード山 (Mount Jade) は、台湾のほぼ中央部に位置する山。標高は3,952mと台湾で最も標高が高い。周囲は台湾自然生態保護区となっている。また1985年4月6日には玉山を中心とした約10万haの範囲が玉山国家公園に指定されている。

先住民ツォウ族の言語ではパットンカン (pattonkan、石英のこと) と呼ぶ。清代初期の文書によれば、八通關山(パットカンの音訳、石英のこと)、雪山と呼んでいた。欧米では、商船主モリソンが報告したことから、モリソン山と呼ばれた。

日本統治時代には明治天皇により「新しい日本最高峰」の意味で新高山と名づけられた。また「新高の 山のふもとの 民草の 茂りまさると 聞くぞうれしき」という句を残されている。富士山の標高3,776mよりも高いことから、日本一標高の高い山として知られ、学校でも「日本一の山」として教えられていた。また1934年には新高阿里山国立公園として、日本の国立公園に指定されていた。


玉山を題材にした水墨画。那須雅城『新高』、1929年1941年12月2日に発令された日米開戦の日時を告げる海軍の暗号電文「ニイタカヤマノボレ一二〇八」のニイタカヤマとは当山の事であるといわれているが、当時の海軍の通信符号表には“ニイタカヤマ”は登載されておらず確証はない。

第二次世界大戦に日本が敗戦し、台湾の領有権が中華民国に移るに際し現在の名前に改称された。その後は重要な軍事拠点とされ入山には政府当局の許可が必要であった。なお民主化以降も一部の観光地を除いた地区の入山には許可が必要である。しかしこれは自然保護の観点からであり、事前に申請を行えば民主化以前に比べれば容易に入山する事ができる。

タロコ行く?

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太魯閣国家公園(タロコこっかこうえん)は、台湾東部にある国立公園。総面積は9万2000ヘクタール。行政区画上は花蓮県、台中県、南投県に属している。

公園内の太魯閣渓谷(タロコ渓谷)は台湾の中でも特に人気のある観光地である。
太魯閣では面積が広くて公共交通が不便なため、現地ツアー利用が便利である。天祥までの観光、昼食、アミ族の踊りの鑑賞がセットになったツアーがある。前日までに花蓮市内のホテルに申し込めば、ホテル、鉄道駅、空港まで送迎してくれる。